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奈良公園の鹿の話 12 ナラノヤエザクラ
東大寺大仏の話 12 奈良の町名 読み方は?123
奈良公園の木の根のお話 燈籠と奈良
大和郡山の金魚の話 精進弁当
象鼻酒 うなぎの寝床・奈良町
身代わり猿・奈良町 鹿の角について
正倉院の宝物 紅葉
人力車 東大寺二月堂の修二会
干支のお話 でこぼこサヨナラ東大寺
春の大和路 つつじ・ぼたん 奈良のため池
大木から竹!? 奈良産のいちご「あすかルビー」
一言観音様 いまどきのお水取り
鹿よせの現状・・・(08年4月) 奈良市内までのアクセス道
第61回正倉院展、阿修羅展

part30
 
61回正倉院展、阿修羅展

今年の正倉院展は熱かった!毎年、この正倉院展を楽しみにして訪れる方は多いですが、最近の奈良ブームと天皇陛下即位20周年等が重なったことあり、大盛況でした。開催初日には千人の列ができ、開館が5分早まるほど・・・
志津香公園店は奈良国立博物館と目と鼻の先。連日の大賑わいで、地元民としては大変嬉しい光景でした。また、同時期に興福寺国宝特別公開2009が開催され、こちらも連日の大賑わい。東京・福岡で約165万人が拝観した阿修羅の人気は衰えず、38日間の来場者は25万人を越えるほどに・・・

ますます奈良が賑やかになり、古都ならの魅力が多くの方に伝わりますように・・・

■正倉院展?・・・正倉院は普段は非公開であるが、年に1 度、奈良国立博物館で御物の特別 展示が行われる。宝物には、聖武天皇遺愛の品や東大寺の法会に使用された法具など中国の珍器、ペルシャ、インドの工芸品なども含まれる。
■お堂で見る阿修羅?・・・ふだんは興福寺の国宝館などに展示されている阿修羅像をはじめとする八部衆・十大弟子像の現存14体すべてが仮金堂に安置され、生で見ることができした。


part29
 
〜奈良市内までのアクセス道路〜

平成17年頃から行われてきた、JR奈良駅周辺の道路整備(JR奈良駅付近連続立体交差事業)が平成22年春に完成します。平成21年12月現在で、3つのこせん橋が撤去され、従来よりも交通渋滞が緩和され、景観もよくなりました。また、阪奈道路、第二阪奈道路から奈良市内へのアクセス道も現在整備されており、奈良へのアクセスが大変スムーズになっております。

しかし、遷都1300年祭開催中は交通渋滞が予想されますので、電車やバス等の交通機関を利用するか、パーク&バスライドを利用した方が有意義な時間が過ごせるかもしれませんね。


part28
 
〜鹿寄せの現状〜 (08年4月)

毎年行われている”鹿寄せ”。最近少し様子が違うようです。奈良が舞台のテレビドラマの影響で見物客が例年の3倍近くだとか・・・。ホルンの音で100匹程集まってきてた鹿が人の多さを怖がって半減してるようです。奈良鹿護会は鹿寄せ前にマイクで「1箇所に固まらず少しはなれて見てください」と異例の呼びかけを始めたみたいです。
えさに群がる鹿を見ていると"怖いものなし"に見えるのですが、そんなことないんですね。今年は少し離れた所から見ることにします。


part27
 
〜いまどきのお水取り〜

先日、新聞で奈良の恒例行事”お水取り”に関するこんな時事が取り上げられてました。少し複雑は気持ちになりながら読みました・・・
内容を一部抜粋させていただきます。
(3月6日日経新聞より)

ここ数年、お水取りの現場が変化してきた。ひとつは「ホタル」の登場だ。舞台下の芝生広場に陣取る参観者がカメラ付き携帯を二月堂に向かって突き出す。青白い画面が点々と浮かび上がる。長年通い続けるアマチュアカメラマンは「以前のようにたいまつの光跡だけを収めた写真はもう取れない」と嘆く。次に拍手。10本のたいまつが登場し終えると参観者から盛大な拍手が起きるのである。かつては人の波が静かにひいていたが今はそんな状況ではない。「たいまつの後、二月堂では練行衆の法要が始まる。その厳かさが台無し」と古参の聴聞者には不評だ。
そもそも、日中と夜に計10時間前後繰り返される法要がお水取りの「本体」。たいまつは宿所から二月堂に向かう練行衆の道明かりに過ぎない。東大寺に隣り合う岡本彰夫・権宮司は「観光PRが浸透したのか、おたいまつがショーと思われるようになったのでしょう」とみる。

今年1257回目を迎えたお水取りは「曲がり角」にさしかかっている。奈良時代以来続く「不退の行法」はこれからも行き続けるのか。その今を見つめた。


part26
 
〜興福寺南円堂横の一言観音様〜

近鉄奈良駅より東へ、興福寺南円堂の横に「一言観音様」が祀られています。小さくひっそりと祀られていますが、手を合わせる参拝者が後をたちません。家内安全、健康、恋愛・・・願い事をかなえてくれるという観音様のお堂です。一度の願いはひとつのみ。ぜひ、一度お参りしてみてください。願い事がかなった時はお礼参りをして、また願いかなってください。
※正式名は龍華樹院(りゅうげじゅいん)地蔵堂です。


part25
 
〜奈良県産のいちご「あすかルビー」〜

2000年に品種登録された奈良生まれのいちごの「あすかルビー」。別名は「赤い宝石」と言われています。
花が咲いてから実がなるまで約40日間かかるようです。収穫はすべて手作業で大事に大事に箱に入れられ出荷されます。今年は厳冬といわれてますが、例年通り甘くておいしいいちごが収穫されているようです。是非ご賞味を・・・

part24
 
〜大木から竹!?〜

志津香公園店から歩いて5分程の所に不思議な大木を発見しました。なんと木の幹から竹が生えているんです!この木について調べてみると・・・
木の幹から生えているように見えますが、実際は空洞になったムクロジの幹から竹がでてきてるということでした。木は一の鳥居前から参道をのぼり、少し歩いた奈良国立博物館側にあります。高さ約20メートル、幹回り4.5メートルで樹齢は4〜500年ともいわれています。この木(ムクロジ)がある参道のそばには全く竹は生えていませんが、フェンスを隔てたところには生えています。もし参道側に竹の芽がでても、鹿が食べてしまうようなのですが、たまたま腐って空洞になった木の幹の下から竹が成長したのではないかと考えられているみたいです。
なんともめずらし、おかしい木です。是非奈良公園に来られた際はご覧下さい。


part23
 
〜奈良公園の鹿の話 2〜

奈良には奈良公園の鹿の生態を調べている子ども達がいます。子ども達は、自分たちが知ったことを大人や観光客に伝えようと「鹿新聞」を作りました。
〜以下、鹿新聞の内容〜
(1)次の時、シカはどんな鳴き声を出すでしょう?
相手を確認する時、縄張り宣言、相手を威嚇する時
1>ゲッ、ゲ、ゲ 2>フン、フン、フン 3>フィーヨー
(2)一頭ずつ違うシカの斑点は
1>成長すると模様がかわる 2>生まれたまま変わらない
(3)シカの目は
1>近視 2>遠視 3>よく見えない 
答えは分かりましたか?  
 答えは下部参照
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
シカ調査をしている子ども達は他にもいろんな生き物に出合っています。サワガニ、アオサギ、タヌキ、ムササビ、特に人気があるのはフン虫たち。シカが芝を食べてウンチをすると、そのウンチが大好きなルレセンチコガネ虫がなどが食べてくれます。フン虫たちのウンチを微生物やミミズが分解し、それは芝のとてもよい栄養分となり、シカがまた喜んで食べていることが分かりました。「この順番が狂うとメチャメチャになります」と命の循環を理解しています。悲しい事実も知りました。「シカは毎年300頭くらい死んでいきます。その原因は交通事故と栄養不良でう。ゴミやビニールなどが胃に詰まって食べられなくなり死んでいます」
人間の行動が自然界の循環を狂わせたり、動植物の生命を奪っている現実があるのは悲しいことです。日頃の行動を今一度考えさせられる記事でした。

答え:(1)2>3>1> (2)2> (3)1>

(この情報は毎日新聞1月27日号より一部抜粋させていただいてます)



↑荒池


↑鷺池
part22
 〜 奈良のため池の話 〜

大河に恵まれない大和平野では、干ばつによる飢饉から逃れるために、2千年以上前から水田飢饉に利用する、ため池造成に取り組んでいました。奈良県内に点在するため池は6千といわれています。

その中から当店の近くに在する「荒池・鷺池
(さぎいけ)」をご紹介します。

 奈良ホテルや興福寺五重塔をバックに、満々と水をたたえた荒池は奈良の情景の定番のひとつとなっています。しかし、ため池として認識されることは少ないのです。古くは天正年間も豊臣秀吉の命で造営されたと伝えられています。明治16年と明治19年、大干ばつに見まわれ大河に恵まれない奈良の農家は深刻な打撃を受けました。そこで三条村(現三条町)、城戸村(大森町)、杉ヶ村(杉ヶ町)の各農家から、ため池築造の要望が高まり、明治21年それぞれ三ヶ村から委員を選び、多額な資金を募り、荒池は本格的なため池に生まれ変わりました。この荒池の水は、西方の三条池、大森池、杉ヶ池に導入され、以来百余年三ヶ村の安定した米作りに貢献してきました。
平成7年から堤防や護岸の補強工事、周辺整備が行われました。自然石を使うなど、ここの景観にも配慮、すぐ東の鷺池と結び、絶好の散策スポットとなりました。
 荒池に植えられているシダレヤナギは、銀座のやなぎの2世。奈良発祥の能「金春流」にちなんで「銀座御門通り」より寄贈された銀座の柳の流れをひいています。


(この情報は奈良の情報誌マイ奈良より抜粋させていただきました)




part22
 〜「春の大和路 つつじ・ぼたん」
待ちに待った春がやってきました。つつじやぼたんなど、春の花々が志津香のまわりの寺社を彩ります。ぽかぽかな春の日にお花見にでかけてみるのはいかかですか?

aは内容、bは見ごろ、cは行き方
帯解寺(0742-61-3861)
a:つつじ約100本、b:5月初旬〜下旬
c:JR帯解駅から徒歩3分
志賀直哉旧居(0742-26-6430)
a:平戸つつじ45本、ドウダンつつじ、ほかにアシビ、b:4月下旬〜5月上旬、c:JR・近鉄奈良駅から市内循環バス破石町下車徒歩10分
十輪院(0742-26-6635)
a:平戸つつじ、b:4月末〜5月初旬、c:JR・近鉄奈良駅から天理行バス福地院町下車徒歩3分
大安寺(0742-61-6312)
a:平戸つつじ、b:5月上旬、c:JR・近鉄奈良駅からバス大安寺下車徒歩10分、
寧楽美術館(0742-22-2173)
a:三つ葉つつじ、平戸つつじ、ドウダンつつじ、霧島つつじなどb:4月上旬〜5月上旬、c:JR・近鉄奈良駅からバス県庁東下車徒歩3分
薬師寺(0742-33-6001)
a:ぼたん100株、b:4月下旬〜5月上旬、c:近鉄西の京駅下車すぐ


part21
 〜「でこぼこサヨナラ東大寺」

奈良市雑司町の東大寺の参道のバリアフリー化工事が完成し、1月5日(05年)東大寺整肢園に通う障害のある子供達約40人による渡り初め式がありました。県営駐車場近くから南大門を通って中門まで結ぶ石畳の参道は、一部が継ぎ目のない少ない石敷きになり、車いすやベビーカーに乗っていても揺れが少なくなりました。工事は昨年9月から同11月までかかり、現在の石敷きの大半は京都市内の路面電車に使われていた敷石を約40年前に譲り受けたもので、継ぎ目の幅が広く、でこぼこしている。そのため車いすの車輪がはまったり、振動が激しかったりで使いにくかった。
そこで参道580メートルの真ん中部分の古い敷石を取り除き、平らな石を新たに敷き詰めた。「段差も少なくてベビーカーを押しやすい」と喜びの声も出ています。


part20
 〜「干支のお話」

 
2005年(平成17年)は酉(とり)年ですが、「干支は酉」というのは正しくないそうです。「干支」とは正確には「十干(じっかん)」と「十二支(じゅうにし)」の組み合わせのことで、今年の場合、十干は「乙(きのと)」になり十二支はご存じの「酉」ですので、干支は「乙酉(きのととり・いつゆう・おつゆう)」となるということです。「兄(え)」の年と「弟(と)」の年が交互に繰り返していきます。そこから「えと」とよばれるようになったといわれます。
 「乙」は「木の弟」、陰陽五行で「陰」の「木」に当たります。2004年・甲申(きのえさる)の「木の兄」と同じ「木」でも、きのえの大樹に対して、きのとは灌木、柔らかい草木を意味します。「乙」の字は「軋む(きしむ)」という意味で草木がまだ伸び出せずに屈曲している状態をあらわしているそうです。
 「乙」の年は庚方(かのえかた)で、やや南よりの酉。恵方は、その年の歳徳神(としとくじん)が降臨する方位で、一年間(立春から節分まで)諸々のことに大吉とされます。
「酉」は陰陽五行で「陰」の「金」に当たります。季節は秋(旧暦の8月)方位は西が割り当てられます。また時刻でいえば、「酉」の刻は18時を中心にした17時〜19時。たそがれ時です。「酉」の字は「縮む」意味で、万物が成熟しきって、むしろ縮む状態をあらわしているそうです。


part19
 〜「東大寺二月堂の修二会(お水取り)」

東大寺のお水取りは全国でも有名な行事となりますが、毎年お水取りの呼び物、お松明の人気は高く見物客が多く訪れます。
とくに普段よりひと回り大きい篭松明が出る日には、二月堂の舞台下から大鐘のある鐘楼にかけての境内は、見物客でぎっしり埋まります。
これだけたくさんの見物客を事故なく誘導するのもまた大変な仕事であります。昨年(2004年)は篭松明の2本目が舞台に上がって、北から南に移った時に照明をつけ、誘導を始めたようです。あらかじめ参拝と帰路のコースを分けておき、見物を終えた人から帰路コースに誘導されるのであります。お松明の荘厳な雰囲気にスピーカーで鳴り響く注意の声はいいものではありませんが、事故を防ぎ、少しでも多くの人に見てもらうには仕方のない方法なのでしょう。
お水取りは観光イベントではなく宗教行事であり、見物客はお松明に「心」を求めに来ているのだと思います。そんな混雑の中でも文句や避難の声は聞かれなかったとのことです。
 お松明は長い竹の先の松明が暗闇の中で燃え、舞台から火の粉をまき散らす場面が圧巻であり、燃えさかる松明が二月堂の屋根の軒先まで伸びる光景が幻想的であります。お松明は1日〜14日までの本行の間は毎日行われてますので、静かに見物したい方には篭松明がでる日を避けて来られるのもいいかもしれません。
(朝日新聞の記事を一部抜粋しております)


part18
 〜「人力車」

奈良公園の周辺を歩いていると、必ずといっていいほど人力車をみかけます。今では風情を楽しむものとして利用されてますが、明治時代には貴重な交通手段のひとつとして利用されてました。
明治時代、奈良の交通の玄関は国鉄奈良駅のみで、そこから三条通を登り春日大社に直行するのが一般のコースだったようです。
人力車の車輪は最初は木製で周りに鉄輪をはめて、背もたれは籐で編んだものでした。あまりすわり心地の良いものではなかったみたいです。(その頃にしてはよかったかもしれませんが。)現在ではすわり心地の良いものに改良されています。

余談になりますが、車両価格は160〜200万円くらいするそうです。自動車以上の値段がつけられています。一度くらいは乗ってみるのもいいかもしれませんね。引き手の方々は奈良に詳しく、おしゃべりも上手なので楽しい時間を過ごせることでしょう。


part17
 〜「紅葉」

紅葉と黄葉、どちらも「こうよう」と読みます。意味は読んで字のごとし葉が紅くなったり黄色になったりする現象のことです。
ちなみに紅葉、黄葉とも、モミジとも読み、モミジといえば紅く染まるあの木の名前だが、語源は紅色を揉んで染め出す「もみ」が語源で、それの動詞で「もみづ」となり、いつの間にか紅く染まる木のことをモミジと呼ぶようになったとのことです。
奈良時代には紅葉することを「もみち」とも言ってました。現代では紅葉と使うことの方が多いですが、昔は黄葉と使われるこたが多かったようです。昔の書物で紅葉の表記はごくわずかで、その原因としてイチョウなどの黄色く染まる木の方が多かったからだろうとも言われています。しかし、その真相はいまだはっきりとはわかっていません。モミジが紅くなるのは、秋になると葉で作られた養分が幹にいかなくなり、その養分がアントシアニンという色素に変化するために葉が紅くなります。一方イチョウが黄色くなる原因は、光合成をするための色素である葉緑素が壊れてなくなり、残ったカロチノイドというという色素が黄色のため黄色になります。
毎秋、なにげなく使っている「紅葉」という言葉も意味が詰まっており興味深いものです。今回の"こぼれ話"は奈良には直接関係ありませんが、奈良にも紅葉がきれいなスポットがたくさんあるのでぜひお越し下さい。

◎おすすめスポット・・奈良公園、正暦寺、長岳寺、談山神社、竜田川沿い、長谷寺、吉野山、みたらい渓谷 など


part16
 〜読めるかな?奈良の町名 vo.3
奈良の町には本当にさまざまな町名が存在しております。一つ一つの町名には意味があり、興味深いものもあります。その中でも簡単に読むことができない町名をいくつかをご紹介します。あなたはいくつ読めるかな?
1.雑司町・・・東大寺の灯明や仏供米、薪出納、法会仏事など複雑な用事をする人々が住んでいたので名付けられました。
2.手貝町・・・東大寺大仏殿北西側に数少ない奈良時代の建物、転害門(てがいもん)があります。この読み方がかわって名付けられました。建物は天平式八脚門と言われ、法隆寺東大寺と同じく貴重な門です。現在八脚門はこの2ヶ所にしか残っていないそうです。
3.包永町・・・室町時代前期ごろ手掻文殊鍛冶の平三郎包永がこの地に住んでいた事から名付けられました。今は東包永町と西包永町になっています。

答:1.ぞうしちょう 2.てがいちょう 3.かねながちょう


part15
 〜正倉院の宝物が盗難にあわなかったのはなぜ?〜

今や古都、奈良の秋の風物詩となった、奈良国立博物館の「正倉院展」。東大寺の正倉院には、聖武天皇の遺品をはじめ、シルクロードによって結ばれた東西文化の精華というべき宝物約九千点が収蔵されています。
ところで、同じように歴史的・文化史的に高い価値をもつ世界各地の遺跡は、征服者や盗人により盗掘の被害にさらされてきました。エジプトのピラミッドやインカの墳墓などでは、当時の信仰や風俗を伝える貴重な埋葬品の多くが失われています。
それに比べ、正倉院は出入りにさえ勅許(天皇の許可)が必要なほどの厳重な管理のもとで護られてきました。ただ、東大寺自体は何度も戦乱や火災に遭い、そのたび伽藍は甚大な被害に見舞われています。不思議なことに正倉院だけは大きな損傷もなく、現在まで貴重な宝物を伝え遺しているのです。

part14
 〜鹿の角について〜

今年も鹿の角きりの時期になりました。今回は鹿の角についてのお話です。
奈良公園に生息する鹿はニホンジカで、角はオスだけにみられます。春ごろ、短い毛が密集している表皮につつまれた柔らかい袋角とよばれる角がはえだします。この表皮の下は血管が網の目ようにとおっており、けがをすると出血するので、鹿は袋角を傷つけないように用心深く行動します。そして、袋角は、夏ごろまで、急速に枝を増やしながらのびていきます。やがて根元から、カルシウムなどが沈殿し始め、血流が止まると、全体が骨化、表皮が乾いてはげおち、硬い角があらわれます。このころになると互いに角を突き合わせ、激しく闘争します。歳が明けた早春のころ、根元から落角し次の新しい袋角が成長しはじめます。このようにして、角は毎年はえかわります。角の枝の本数は年齢により少し変わりますが、最多で三又四先(枝が四本)で、角全体の大きさは、壮年期(八歳から十二歳ごろ)に最も大きくなります。

part13
 〜身代わり猿・奈良町〜

奈良町を歩いていると家の軒に吊るされた赤いぬいぐるみをよくみかけます。これは身代わり猿と言って中国から来た庚申信仰(こうしんしんこう)のお守りです。この申のぬいぐるみを軒にぶらさげていると災いを変わりにうけてくれると言い伝えられております。

part12
 〜うなぎの寝床・奈良町〜

奈良町には昔のままの民家が多く残されております。一見解りませんが、一歩玄関を戸のあけて、中に入ると間口が狭く、奥へ奥へと深い家造りが多く見られます。これは江戸時代、間口の広さに応じて課税されていた為、少ない税金で済むように細長い家が多く造られたようです。

part11
 〜象鼻酒〜

お酒をこんな飲み方で飲むとより楽しいかもしれません。ハスの葉に酒を注ぎ、茎を通して酒を飲む象鼻酒という方法。
「蓮を愛でる会」が法華寺(奈良市内)の庭園で開かれ、象鼻酒を楽しんだ。ハスの茎を象の鼻に見立てたもので、中国の皇帝が客を招いた時に最高のもてなしとして風雅を楽しんだとされています。
滋養と強壮作用があり、夏バテ解消に効果があるともいわれてます。ハスの葉が簡単に手にはいるのであれば、象鼻酒を楽しんでください。又違った味がするかもしれませんね。

part10
 〜精進弁当〜

毎年1回大仏の魂を抜く法要と、その後には大仏の身体を清める(そうじ)が行われています。白装束になった僧侶や檀家が一団となって作業を行います。志津香ではお身拭い作業をされる方々約250名のお弁当を調理、納品させていただいております。もちろん精進料理になりますので、厳選の素材を利用して精進御弁当を納めさせていただいております。

part9
 〜読めるかな?奈良の町名 vo.2〜

1.山陵町・・・ここは成務天皇陵や神功皇后などの古墳の多いところで、昔、陵のことを山と表現したのでこの名がついたと思われます。

2.内侍原町・・・ここに梨が茂っていたので梨子原といわれ、その後、春日祭のときに使内侍の宿舎があったから内侍原と呼ばれるようになりました。

答:1.みささぎちょう 2.なしはらちょう


part 8
〜大和郡山の金魚の話〜
大和郡山市の金魚の生産高は全国の40%を占めており、金魚の種類はなんと30種類にものぼります。
毎年行われている金魚すくい全国大会は恒例の行事になっています。(ちなみに金魚すくい用の金魚は和金が使用されています)


part7
 〜燈籠と奈良〜
伝統行事である春日大社(中元万燈籠)。東大寺万燈供養。等々に夏の風物詩として燈籠が奈良公園エリアには数多くあります。今年も、「なら燈火会」が8月初旬より〜8月15日まで開催予定です。この催しの中で一番古い燈籠は、東大寺大仏殿前にある、八角銅燈籠で約1250年前に作られています。同じ頃に大仏殿が作られました。また、興福寺南円堂の前の銅燈籠も古く約1000年前のものです。一つの場所に多くの燈籠がおかれているのは春日大社。その数、約2000基になります。この中にも元亨4年(1324年)に作られた御間(おあい)型石燈籠という大変古い燈籠があります。

奈良は街並みも非常に美しいですが、何気なく建っている燈籠もひとつひとつに物語があります。奈良を散策する時、少し気にとめながら観て回ると楽しみが倍増しますよ!

part6
 〜奈良の大仏の話 vo.2〜
東大寺大仏殿は奈良時代中期に聖武天皇が大仏建立の詔(命令)により、巨大な盧舎那仏(るしゃなぶつ)、坐像(大仏)を作られました。それを安置する総国分寺として、大仏殿が出来ております。世界最大の大仏様と大仏殿をつくる為に働いた延べ人数は約260万人にもなるそうです。これは奈良時代の日本の人口の約半分にあたります。この数字は大変驚くべきであり、大仏様の偉大さを感じずにはいられません。
※開眼供養は、752年、天平勝宝4年、平成14年4月には『東大寺のすべて 1250年祭』が開催され、多数の方が奈良へ足を運ばれました。

part5
 〜奈良公園の木の根のお話〜
奈良公園、春日野周辺を歩いていると、木の根が横に張り出しつまずくことがよくあります。実は春日野の地表2〜3m下には固い岩盤があり、木の根は下に伸ばせず、横に広がる様になり、地表に顔を出してしまうのです。



part4
 〜読めるかな?奈良の町名 vo.1〜
奈良の町には本当にさまざまな町名が存在しております。一つ一つの町名には意味があり、興味深いものもあります。その中でも簡単に読むことができない町名をいくつかをご紹介します。あなたはいくつ読めるかな?

1.杏町・・・奈良時代に市場の東市があったところです。
2.三碓町・・・古代、この場所には小野妹子の家があり、3つのカラウスで米をついていました。この光景をみた聖武天皇がこの町名を名付けられました。
3.不審辻子町・・・元興寺の僧が鬼を追いかけ、この辻子(十字路)で見失ったことから名付けられました。
4.阿字万寺町・・・弘法大師が阿字万字と書いた秘符を町に収めたことから名付けられました。
5.京終町・・・平城京が衰退したこのあたりで、人家が終わっていたので。平城京の終わりということで名づけられました。

答:1.からももちょう 2.みつがらすちょう 3.ふしんがづしちょう 4.あぜまめちょう 5.きょうばてちょう

part3
 〜東大寺大仏の話〜
大仏様のお名前は盧舎那仏と呼びます。像高14.73m 知恵と慈悲の光明と広大無辺に照らしている仏様の意味です。
二度の消失により鎌倉時代と江戸時代に再建されています。
1709年(宝永6)、江戸時代の再建には13年かかって建造されました。それが現在の大仏様です。

part2
 〜ナラノヤエザクラ〜
奈良の八重桜は天然記念物にも指定されています。又、奈良の県花でもあり、花も珍しいです。
花のつぼみは紅色で開花すると白くなり、また紅色に変わって散るのです。大変珍しい桜です。
現在観ることが出来る場所は奈良公園前、県庁東側登大路駐車場の南に桜の子孫の木が植えられております。志津香(公園店)に近い場所に位置します。必見にも値する美しさです。

part1
 〜奈良公園の鹿の話 1〜
現在、総頭数は約1200頭、公園内を歩いております。しかし年間、約30頭程は、交通事故や病気で亡くなっております。奈良に来られたら、鹿にお菓子やいたずらは絶対にしない様、注意しましょう!現在昭和22年に設立された奈良鹿愛護協会が鹿の管理をされています。

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